新着記事一覧

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    矢部・淵野辺駅周辺、「ちょい呑み」開催へ/地域56店舗が参加

     商店街の飲食店を盛り上げようと、JR横浜線・矢部と淵野辺駅の周辺で10月29、30日に「ちょい呑みフェスティバル」が開かれる。  3回目となる今回は、地域の56店舗が参加する。  地元商店街や飲食店組合などのメンバーらで作る実行委員会の主催。  ワンドリンクと1品のつまみサービスが受けられる「ちょ

  • オープンした「ぷらっと中央林間」

    大和市、職員常駐の相談所/「ぷらっと中央林間」開設

     大和市は、市職員が常駐し市民相談などに応じる地域の居場所・相談所「ぷらっと中央林間」をこのほど開設した。職員常駐の街角相談所の開設は県内初という。  同所は、地域の人たちが気軽に立ち寄り、同世代の人同士や子どもと高齢者が交流したり、育児中の人が子育て経験者からアドバイスをもらったりするなど、地域の

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    消費税引き上げ、過去2回は倒産減少/東京商工リサーチ横浜支店調べ

     3%の消費税が初めて導入された1989年度と5%にアップした97年度に、県内企業が倒産した件数は、いずれも減少していたことが東京商工リサーチ横浜支店の調べで分かった。政府が1日に消費税率を8%に引き上げることを決定し、地域の中小企業への影響が懸念されている。こうしたなか、同支店は「消費増税と企業倒

  • 新技術を採用した向洋技研のスポット溶接機

    工業技術開発大賞、向洋技研が「大賞」に/リガルジョイントも受賞

     県は2日、神奈川が誇る中小企業のオンリーワン技術を決める「工業技術開発大賞」で、向洋技研(相模原市中央区田名)が開発した高速溶接技術を大賞に選出したと発表した。ビジネス賞には、リガルジョイント(同市南区大野台)が開発した「小型冷却器」などが選ばれた。応募63件中、計7社の製品・技術を決定。このうち

  • 05-1men - コピー

    ウィングベース、「防災トランプ」開発/楽しみながら意識を高めよう―

     トランプしながら防災意識を高めよう―。科学系教材の開発を手掛ける、ウイングベース(愛川町)は、カードゲーム「防災トランプ」を開発、販売を始めた。  トランプに52種類のハザード(危険の原因)という「お題」を記載。ババ抜きやポーカーなどのルールを基本に、お題を引いた人が自己体験を基に想定される危険や

  • 130317_ryuutuu

    神奈川三菱ふそう、川崎支店を移転/港北区に新支店

     三菱ふそうトラック・バス(川崎市幸区)の特約販売会社、神奈川三菱ふそう自動車販売は、「川崎支店」を移転し、横浜市都筑区東方町に「港北支店」を新設したと発表した。  「港北支店」は、神奈川運輸支局から近い第三京浜道路港北ICから約1・5キロメートルに位置。最新鋭の整備ライン計14ストールを設けた。(

  • 実験走行を開始したコミバス

    大和市内の4地域で/コミバス実験運行

     大和市は今月から,コミュニティバス(コミバス)の運行地域拡大に向けた実験運行を始めた。  同市は、8つの駅がバランスよく設置されているなど、交通の便が良いことで知られている。さらに移動しやすい街を目指して、これまでコミバスが運行している南北ルートに加えて中央林間西側、相模大塚、深見、桜ヶ丘の4地域

  • 完成したニッコーの八千代工場

    ニッコーが新工場/熊本で冷凍食品生産

     宅配向けの冷凍食品のニッコー(大和市代官)が熊本県八代市に建設していた「八代工場」がこのほど竣工、今月から一部稼働する。  本格稼働は来年初めの予定。同社としては大和本社工場以外では初の地方工場となる。  新工場では、本社工場で手掛けているギョーザ、コロッケ、グラタンのほか、「まったく新しい冷凍食

  • 130317_tiikikeizai

    景況感 プラスに、1年3カ月ぶり/日銀横浜支店の9月県内短観

     日本銀行横浜支店が発表した9月の県内企業短期経済観測調査(短観)によると、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)は、全産業でプラス5となった。前回(6月)調査から8ポイント回復した。DIがプラスになったのは1年3カ月ぶり。建設やサービス関連などの非製造業のDIが大幅に上昇。製造業も大幅回復した。(

  • 「社員は家族」と話す紙透社長

    サンライズ、リストラからの船出/社員団結で危機克服

     かつてリストラを進めた幹部と、リストラされた社員たちが再挑戦している会社が、ここ相模原にある。中央区中央のIT(情報技術)企業、サンライズだ。創業者は紙透七藏社長(65)。大手企業に在籍していた時代、人員整理を進めるため、子会社に派遣された。断腸の思いで決行した紙透社長だったが、責任感が許さず自ら