ロングインタビュー

  • 03-4men-1 - コピー

    メディカルラボ、働くことに本気で打ち込む/夢は10年で株式上場へ

     働くことに本気で打ち込む―。臨床検査や健康診断事業などを手掛けるメディカルラボ(相模原市緑区西橋本)の創業者である佐々木文雄社長は幼い頃、愚直に、そして真面目に働く「父の背中」を見て働くことのすべてを学んだ。仲間との共同経営に悩んだ末、人生の師と仰ぐ稲森和夫氏との出会いで導き出した答えは、まさに仕

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    松若流分家家元 松若寿多恵さん、日本舞踊の道一筋に歩む/湯名舞台で照手姫を熱演

     21歳という若さで日本舞踊の松若流分家家元を継いで以来、「観る人の心を惹きつける芸を身に着けたい」との思いを胸に精進を重ねている松若寿多恵さん。相模原市南区にある稽古場で門弟を指導する日々を送り、一門の発表会や自身のリサイタル、ディナーショーなどの活動も続けてきた。「日本舞踊は日本人の感性の結晶で

  • 情熱が尽きない村田社長

    ムラタカンパニー、負けない気持ちが大切/地元に根差す不動産業

     地元・上溝で開業して約20年の不動産業ムラタカンパニー(相模原市中央区上溝)。創業者の村田崇社長は「勝ちに行くのではなく、負けない気持ちを持つことが大切だ」と話す。「敗北」という辛酸を二度と舐めまいと誓ったのは、甲子園出場のかかった県大会決勝のグラウンド。最大のピンチと例えるリーマンショックでは、

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    モナの丘、野菜栽培と癒しの緑園/都市型農業の振興に挑む

     農業を基盤にした彩り豊かな活動を展開している都市型農園「「モナの丘」(相模原市南区下溝)。約4・4ヘクタールの広大な敷地でにんにくやトマト、長ねぎ、にんじんなど多種多様な野菜とハーブ、果実を栽培しており、レストランとバーベキュー設備も備え、人と人との出会いの場にもなっている。この健康とにぎわいの里

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    たけのうち幼稚園、教育方針に憲法の教え/大磯に姉妹園を開園

     たけのうち幼稚園(相模原市中央区東淵野辺)などを運営する学校法人小磯学園の小磯信一理事長は、少林寺拳法の道場を構え、教育方針にもその教えを採用している。県少林寺拳法連盟の副理事長や日本大学少林寺拳法部OB会の会長を務め、後進のみならず優れた指導者の育成にも成果を挙げている。「弱い自分を鍛えたかった

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    杉本憲昭さん、山荘運営しトレイル振興/ふる里藤野と北丹沢を愛す

     丹沢山塊にそびえる県の最高峰・蛭ヶ岳。その山頂に立つ蛭ヶ岳山荘は登山者の安全と山岳スポーツ振興、そして遭難者の捜査・救助の拠点になっている。この山荘を管理運営するNPO北丹沢山岳センター理事長の杉本憲昭さん(75、緑区小渕)は、北丹沢を愛し、ふるさと藤野への愛着にあふれた半生を送り、今もトレイル競

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    珈琲新鮮館、経験から学び事業多角化/ありがとうの連鎖を

     コメダ珈琲店、星乃珈琲店、スターバックスコーヒーなど―。相模原市内の国道16号沿線は、実は「大型カフェ店の激戦区」だ。そんな中、大手チェーンではなく大型のカフェ店を運営するのが、小田急江ノ島線・東林間駅近くにある「珈琲新鮮館」(同市南区上鶴間)だ。社長の沼田慎一郎さん(44)は、「カフェは大きい〝

  • 無料学習塾を計画する赤間会長

    相模福祉村、福祉で地域に恩返し/人はひとりで生きられない

     人はひとりで生きられない―。相模福祉村(相模原市中央区田名)の赤間一之代表が、自伝のタイトルに付けた言葉だ。「多くの人に助けられ、社会に支えられてきた」と振り返る。大手新聞社の新人記者として赴任した相模原。縁もゆかりもない土地だった。しかし、そこで出会った人びととの出会いが、その後の人生を支えてく

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    生涯スポーツ応援団、豊富な在庫で需要に即応/ネット販売好調で実店舗開設

     ネット販売から実店舗開設へと展開し今年7月、緑区向原1―10― 45にオープンした「生涯スポーツ応援団」(富永一朗代表取締役)。社名そのままにグラウンドゴルフ、パークゴルフ、ゲートボール、ノルディックウォーキングをはじめとする生涯スポーツ用品の販売を手がけている。ネット市場での顧客は北海道から南の

  • 挑戦を続ける鈴木社長

    ミヤコホールディングス、重なる苦境乗り越える/「健全経営」で原価管理徹底

     ミヤコ陸運やミヤコトランクルーム、ミヤコバスの3社の親会社である「ミヤコホールディングス」(相模原市緑区大島)の社長を務める鈴木亜喜男(72)さん。1942年、茨城県日立市で農家の次男として生まれ育った。運送業とトランクルーム事業、観光バス事業の3本柱でグループの基盤を築いた。それぞれの事業を3人