相模原企業が新人向け文芸賞創設/ストーリー創作支援ツール開発の「indent」=中央区田名=


3年前に「nola」を公開した釜形さん

3年前に「nola」を公開した釜形さん



 

相模原市内企業と書店・レンタル大手のツタヤが連携して「次世代作家 文芸賞」を設立し、9月に第1回大賞受賞者が決まった。釜形勇気さん(28)=相模原市中央区出身=が起業した「indent(インデント)」(相模原市中央区田名)は、小説、マンガ、映画や舞台の脚本など、物語を創作する人を支援するツール「Nola(ノラ)」などを開発し、プロ作家デビューや、作品と読者が出会うきっかけづくりを進めている。自身もアマチュア作家という釜形さんに新たな文芸賞の創設や支援ツール開発への思いを聞いた。

同賞は、インデントの理念に「本に触れるきっかけづくり」などに取り組むツタヤが共感したことで実現。「一般向けエンターテイメント小説」「ライトノベルス」「コミカライズ原作」の3部門を設け、受賞作品はツタヤグループの出版社が書籍化・出版する。

全国800店舗を超えるツタヤが書籍・コミック売り場の一等地にてコーナー展開をするとともに、 全国の書店や電子書籍でも販売する。釜形さんは「利用者がデビューするきっかけづくりになれば」と話している。

法政大生命科学部で人工透析機の小型化を研究していた釜形さんは、幼い頃から中村書店(中央区横山6)に通う本好き。青春小説『君の膵臓をたべたい』(双葉社)などの原作者・住野よるさんのファンで、自身も大学3年から勉学や仕事の合間を縫って趣味で小説を執筆していた。忙しく数日間筆を置くと人物や世界観の設定やあらすじなどを忘れてしまい、初めから原稿を書き直すことがしばしばあった。

この悩みが物語を創作する人に共通するものだと分かり、「物語の構成や設定を保存して、それを見ながら執筆できるサービスがあったら便利かな」という思いから開発したツールが「ノラ」だ。

ノラは①原稿の執筆②参考資料の保存③プロットの作成―の3つの機能がある。「参考資料の保存」では登場人物や相関関係、世界感(舞台となる国や街、建物)の設定を管理できる。プロットは大筋のストーリー構成のことで、重要なできごとや、後の展開に影響を与えるできごとを起承転結でまとめることで〝軸のぶれない、深い物語づくり〟を助ける。

2017年末ごろに着想を得て、休日などに共同経営者となる友人と開発を始めた。SNSを通して知り合った小説を書く創作仲間のオフ会に持ち込み、意見やアドバイスを請いながら機能の追加や使い勝手を改善。半年後の18年6月にフリーツールとして無料で公開(現在は有料)。登録者数が3万人を超えたのを機に、19年10月にインデントを起業した。

ノラは、パソコンやスマートフォン(スマホ)からインターネットを通じてサーバー上のデータベースにアクセスする仕組み。移動中に使用することが多いスマホでは通信障害で入力したデータを損失する可能性があり、スマホ用のアプリにはトラブルを防ぐ機能などを持たせた。

当初は主にパソコン向けに開発したウェブコンテンツだったが、スマホからのアクセスが予想を上回っていた。バスや電車での移動時や、休憩などいわゆる「すきま時間」での利用が多いためとみている。釜形さんは「外出時に設定やプロットをスマホでまとめ、帰宅後にパソコンで原稿を執筆していくといった利用方法なのでは」と推測している。

主な収益は1カ月980円の利用料(年間契約は5800円)。「毎月・毎年の売上を開発費とすることで、自社の事業の成長が利用者の満足度と紐づき、意見を取り入れながらツールをしっかり育てていける体制をとっている」という。

現在は20万人を超えるという利用者だが、広告・宣伝に費用はほぼかけていない。利用者が増えた理由について、釜形さんは「最初はバグも多く、ツイッターなどを通して書き手(ノラを利用する作家)の皆さまが応援してくださったり、指摘くださったりしてここまで成長できた」と説明する。

ノラの姉妹サービスとして、2月11日から上限2000文字の小説投稿サイト「Prologue(プロローグ)」の運営も開始した。昨年9月に開校した作家向けの創作教室で出た「スマホが出てきたことで、本を読む機会が減っている」という話から、「普段読書をしてない人が、自然と本を読むきっかけを作れないだろうか」と考えて開設に至った。

1人1台ずつスマートフォンを持つ時代になり、いつでもどこでも動画や漫画などのコンテンツを閲覧することが可能になり、「読むのに時間がかかる小説は、手に取ってもらいにくいのでは」とみている。読書から離れていた人でも「短編小説ならスラスラ読めた」という話から、「気軽に手に取ってもらえる機会をどう増やすか」「楽しさに触れる機会をどう作るか」を考えて開発したのが「プロローグ」だ。

本を全然読まなかった人が小説を好きになるきっかけや、自分の作品と読者の巡り合わせなど、小説と関わる序章(プロローグ)になればとの考え。5分前後で読める作品が多く、スマートフォンの操作方法も文庫本のページをめくるような動作を取り入れた。

社名のインデントは「段落」の意味。文章の始まりや、話の流れが変わる個所につけることから、「だれかが何かを始めるきっかけになれば」(同社ホームページ)との思いで付けた。

釜形さんは「ノラを利用している20万人の作家がプロとしてデビューできる機会をなるべく多く作っていき、作家と原作を求める企業をつなぐ、エージェント事業を検討している。書き手がプロとして書くことで食べていける、そんなきっかけをなるべく作ってい」と話す。今後について「世界に認められている日本のマンガやアニメをインターネットで発信し、作家さんが活躍できる舞台を世界に広げたい」と意気込む。

【2021年10月1日号】

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