夢現スタジオ、政治への道に背を向け 文芸への強い思いを事業に/自宅開放型スタジオ


文芸への深い造詣を事業化した井上代表

文芸への深い造詣を事業化した井上代表

 1987年の大和市長選挙で劣勢の前評判を覆し、前市長から後継者と指名された対立候補を僅差で打ち破ったのが、その後2期にわたり市長を務めた井上孝俊氏だ。

 泉の森にほど近い住宅地の一角で夢現スタジオ(大和市上草柳)というユニークな施設を営む井上貴雄氏は、そんな父だけでなく、祖父は町会議員、曽祖父は村長という家柄の長男坊である。

 ところが、若い頃から政治の道には全く関心がない。元来、人前に出ること、話すことが苦手な質なのだ。

 一方で文化・芸術への関心は並々ならぬものがあり、接するだけでなく自ら創作もこなす。得意分野は童話や作詞で、これまで発表された作品は相当数にのぼる。

 ただ、文芸一本で身を立てるのは容易ではない。知人に紹介された私立高校講師が生業となりつつあったが、父の市長選出馬で少々歯車が狂った。

 「市を二分する程の激戦で、父のサポートのために講師を一旦休職。選挙後、復職することもできたが、恐縮し辞退した」

 父の偉業、功績を思えばそのことに悔恨はない。とはいえ、後継の道にも一向に関心がなかった。
 「今はそうでなくても、いずれ歳を重ねれば、お前も政治への血が騒ぐ時がくる」と父から助言されたこともあるそうだ。

 しかし歳をとっても、血が騒ぐのは政治ではなく、やはり文芸。そんなマイペースの人生を続ける中、2002年頃、都内で開催されたある落語会で、立川流の真打ちであった立川文志氏と交流する機会を得た。

 その芸、人柄に惚れ込んだ井上代表は、文志氏とその仲間を集たイベントを大和、海老名両市で主催。さらに彼らから、昇進を目指す若手が修業する場がないとの相談を受けるや、巷の施設ほど手間、費用がかからず、芸人も観客も気軽に足を運べる場所として、自宅敷地内に開放型スタジオの建設を思いついた。

 03年3月オープン。スタジオ命名には「若手芸人の夢を現実のものにする場」との思いを込めた。

 外観は平屋の戸建住宅風。1階は事務所で、広さ60畳ほどのスタジオは地下にある。70席以内の落語会やお笑い・音楽ライブ、発表会が開催できるほか、練習や稽古も可能。さらにカルチャー教室や会議、講演会など、多目的に使える。

 「駆け出し芸人にとっては、人前で演じる場がないことが最大のネック。こうした場で失敗を経験し、向上心を養い、自信を身につけていく」と井上代表。

 これまで多くの若手芸人がここで腕を磨き、それを礎にスターの座にのし上がった例も1つや2つではない。

 それほどの実績がありながら、スタジオの知名度は今も知る人ぞ知るの域を出ない。収益性改善に向け、PRなど少々テコ入れも必要なのだが、土地・建物の資産管理を手掛ける井上代表にとって、スタジオは生業の場である以上に「自分の遊び場所」なのである。
(編集委員・矢吹彰/2016年2月1日号掲載)

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