休屋、家族連れも“通”も満足の味と価格とボリューム/手打ちそば


10年前二足のわらじで開業した小林店主

10年前二足のわらじで開業した小林店主

  いつの頃からだろうか。そばが高級料理の仲間入りをしてしまったのは―。

 雑誌で著名な店にはるばる足を運んでみるも、さんざん戸口で待たされたあげく、ようやくありついたせいろは箸を3、4回つければなくなってしまうほどの盛り。それでいてお代はラーメンより遥かに高かったりする。

 「気軽に家族で来店して、おいしく腹一杯食べてもらえればいい」

 里山に包まれた旧相模湖町の甲州街道沿いで「休屋」(相模原市緑区千木良)を営む小林雄四郎店主の思いだ。

 安さ、量が第一、味は二の次という店ではない。食事に十分な盛りと良心的な価格。それでいて味には徹底してこだわる。

 開店は2005年10月。土日曜のみの営業でスタートした。

 店名は十和田湖畔の地名に由来するが、小林店主の故郷ではない。名店として惜しまれつつ前年に閉店した東京・豊島区のそば店から厨房設備、調理用具一式とともに譲り受けたものだ。

 営業が週末2日のみに限られていたのは、同店主が電子回路設計に従事する、〝週休2日〟の現役サラリーマンだったからである。

 名店の看板、道具を継承したとはいえ、蕎麦づくりはおおかた独学だ。

 30年ほど前、妻の実家で出された手打ちうどんの旨さに魅了され、義母直伝のレシピを基に自宅で試してみたが上手くいかない。しばらくして、今度は自宅近くのそば打ち教室に通ったが、これも何か勝手が悪い。

 一時は諦めかけたものの、そば打ち愛好家が交流するメーリングリストを通じ入手した実習ビデオを参考に練習を積み重ねるうちに光明が見えてきた。腕が上がるほどにそばの旨味は増し、ますますその奥深さにはまる。そんな中で、「定年後はそば屋を」という青写真が固まっていった。

 参加する「TOKYO蕎麦塾」の関係者から名店の道具一式が格安で入手できるとの情報を得たのは、定年を4年後に控えた04年。既に確保済みの店舗用地の隅に物置でも作り保管するつもりだったが、前店主から「4年も厨房機器を寝かせて置いたら使えなくなる」と助言され、“二足のわらじ”を履く決断をした。

 晴れて定年となった翌年の09年からは、木金曜を加え週4日の営業に。それでも11時30分から15時(土日曜は16時)の営業時間、場所を考えると、遠方から訪ねるには計画性を要する。

 「毎日2時ないし3時には起床して粉を挽き、蕎麦を打つ。夜は予約コースが入る。現状でもかなりきつい」と小林店主。

 今後も営業日と売り切れ仕舞いに融通は利きそうにないが、通を満足させる味、庶民を納得させる盛りと価格は同店のモットーであり続けるはず。

 8~10月にそばの実が収穫され、「新そば」目当ての客で混み合うのが11月。年越しそばで今季の旬も終わりと思いきや、適度に寝かせて熟成された実が最も香ばしくなるのは2月頃だそうだ。
(編集委員・矢吹彰/2016年1月1日号掲載)

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