天野商店、旧津久井町周辺40カ所を巡回して40余年。リニアが存続の壁に/移動スーパーマーケット


引き売りで人々の心をつなぐ天野夫妻

引き売りで人々の心をつなぐ天野夫妻


「こんなに仕事を休んだのは創業以来初めて」

 地元鳥屋と串川周辺、宮ケ瀬、宮の里(厚木市)など約40か所を巡回する引き売りを40年以上にわたって続ける天野商店(相模原市緑区鳥屋1280-1)の天野勝頼代表は開口一番、こう話す。

 体調を崩しても2日と休んだことがないのに、2月半ばの記録的な大雪で3日間も臨時休業を余儀なくされたのだ。

 鳥屋の出身。農協を退職し、知人の店をしばらく手伝った後、1971年に引き売りを始めた。市街地では既にスーパーマーケットがチェーン展開していたが、店が少なく交通便の悪い当地では引き売りが重宝され、同業者も少なくなかった。

 以来、店自体は増えていないが、道路整備やマイカー普及が進み住民の行動範囲が広がるにつれ、この商売は淘汰されてきた。それでも天野商店は、豊富な品揃えと温かい接客で、今もしっかり固定客の心をつかんでいる。

 現在の“店舗”は5代目となる1・6トンの平床トラック。荷台に設えた特注の棚、冷蔵庫には野菜、果物、乾物、干物、練物、菓子、飲料など、あふれんばかりの食料品が整然と収まる。

 所定の場所に停め、幌を上げ後部のあおり板を開くだけで、ミニスーパーに早変わり。なじみの童謡が流れると、高齢者や幼児連れの母親ら近隣の人々が集まってくる。

 屋外で気心ふれた者同士が寄り合えば、自ずと井戸端会議が始まる。もちろんそこに天野代表と妻・廣美さんも加わる。同一場所での開店は週に2回、時間にしてわずか30分だが、心和む濃密なひとときだ。

 「到着が遅れても苦情一つなく待っていてくれる。客が栽培した旬の作物をごちそうになることもよくある」と廣美さん。商売だけでは割り切れない機微がそこにはある。

 営業日は祝日を除く月~金曜だが、仕入れのために毎朝3時50分に出発。多摩、八王子の市場、問屋を回って帰着は7時30分ごろ。午前中に商品の整理・陳列を行い、午後1時に営業に出て、10か所ほどを回り終業は午後7時30分ごろというハードな日課だ。

 「もう日常生活の一部だから辛いと思ったことは一度もない。病気で休んだ覚えもほとんどない」と天野代表。

 旧態依然とした形態だが、これほど社会貢献と私的なやりがいを両立しているビジネスモデルはそうあるものではない。御年75歳の天野代表も、仕事の鋭気はまさに仕事から得ているようだ。

 ところがこのほど、青天の霹靂に見舞われた。昨秋、事業拠点でもある自宅がリニア中央新幹線の車両基地建設予定地とされ、立ち退きを求められているのだ。

 「移動店舗とはいえ、住み慣れた家、設備を手放すのは辛い。鳥屋で現在と同等の地を探すのは難しいし、この商売を辞めることも考えている」と同代表。

 はたして、リニアの大義は天野商店の存在価値を超えるものであり得るのか、利用客ならずとも疑問に感じる。(矢吹 彰/2014年3月10日号掲載)

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