【相模原】女子美術大、紙幣製造に関わる技師から版画の超絶技巧学ぶ


紙幣(日本銀行券)などを製造する国立印刷局工芸官による銅版画の技法を伝える特別講義が4月26日、相模原市南区麻溝台の女子美術大学(女子美)で開かれた。7月3日に控えた新紙幣発行を前に、最先端のセキュリティーデザインの概要や、紙幣製造に携わる職人の高度な技法を直接指導した。県内、同大学では初となる。【2024年5月10日号掲載】

□熟練には長い年月

紙幣の肖像画などを担当する工芸官は、「ビュラン」と呼ばれる精密な金属彫刻に適した彫刻刀を使用し、手彫りで1㍉に十数本の線を描けると言われる精細かつ高度な技術を持つ。「針(ビュランの先)研ぎ3年、描き8年、美蘭(びらん)咲く(ビュランで美しく彫る)のは18年」という言葉もあるほど、熟練に時を要する技術だ。収入証紙・印紙やパスポートなど公共性の高い印刷物のデザインを手掛けながら、習練を重ねる。

繊細な力加減が求められるビュランによる彫刻

繊細な力加減が求められるビュランによる彫刻



新旧の紙幣が切り替わる「改刷」は、20年ほどに1度。技術の熟達に加え、彫刻に要する時間も必要となるため、新紙幣に携わる機会は多くても1~2回。タイミングと能力次第では、改刷に関われない工芸官も少なくないという。

工芸官は現在30人ほど。紙幣の全体的な図柄を考える「製品デザイン」、印刷に用いる原版を彫る「彫刻」、幾何学模様の彩紋などを担う「線画」、光を当てると図柄が浮かび上がる透かし担当の「すき入れ」の4部門があり、彫刻担当は8人ほどが在籍している。美大や高校の美術科などの出身者らを年に数人を採用しているが、採用がない年度もある。

 □工芸官3人が講師に

講義では工芸官3人が講師となり、銅板の表面にビュランで図柄を彫り、溝に詰め込んだインクを圧力で紙に転写する「エングレービング」と呼ばれる技法の実演や実技指導を行った。使うビュランは、工芸官が自身の手の大きさや形に合わせて削った持ち手に木の軸を差し、特注という金具で刃を固定したもの。ルーペを片手に金属板と向き合い、繊細な線を深く、だがゆっくりと慎重に彫り込む。

学生らに紙幣印刷に必要な原版の彫り方を説明する工芸官

学生らに紙幣印刷に必要な原版の彫り方を説明する工芸官



講義には約40人が参加し、そのうち事前に申し込んだ6人が、工芸官の指導を受けながら学生自身の名前の頭文字を彫る体験をした。

「国内最高峰の描画技術を持っている国立印刷局の技術を体験し、学びたい」と参加した芸術学部美術学科洋画専攻版画コース4年の塩川純加さんは「普段、大学で作品を銅版で制作するときとは異なり、今回のワークショップでは使い慣れないビュランを使用した。そのため、思った通りに描画できず、もどかしく感じることもあったが、工芸官の方がほとんど付きっきりで指南してくださったおかげで試しに刷る段階まで進むことができた」と語った。

同局は2022年度秋ごろから、武蔵野美術大学と東北芸術工科大学の2校で特別講義を開始。23年度には2校に金沢美術工芸大学、東京芸術大学、日本大学芸術学部の計5校に拡大した。女子美では「彫刻」がテーマだったが、紙幣やパスポートの製造で重要となるセキュリティーデザイン(偽造防止技術)についての講義も行っている。

講義を通じて同局の業務を知ってもらうことで、進路選択の一助となることや大学などの教育活動への貢献が目的。同局の井出正晴理事は「作品が売れて芸術作品として残すだけでなく、美術で学んだことが紙幣という社会の仕組みの中に役立てることができると受け止めてもらえればいい」と話す。

女子美は22年度からオファーしていたが、2年越しで実現。版画学会会長で同大学芸術学部長の清水美三子教授は、本紙の取材に「全国大学版画展の受賞者が何人も工芸官になっている。日本の紙幣製造は超絶技巧とも言われる世界最高峰の技術で、直接伝授していただくのは貴重な経験。線1本を引く奥深さを学ぶことは、学生の制作表現に繋がるはず」と話していた。

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