元板金職人の高松さん、趣味で作ったボール入れが世界でヒット


ボール入れ2 ボール入れ3 自動車のレストア工場に勤めていた板金工の高松恵三さん=町田市=が、趣味で始めた革細工や木工技術を生かして、孫のためにと作りはじめたボール入れがSNSで話題になり、世界大会の優勝賞品に選ばれるなど、20カ国で2000個以上売れるヒット製品になった。

鈑金職人だった高松さんは7年前に引退。退職すると趣味で革細工などのものづくりを始め、2年目にサッカーを始めた孫のためにとサッカーボール入れを作った。「孫が練習でボロボロになったサッカーボールを誇らしく思い、それを見せながら持ち歩けないか」という考えだった。

従来のサッカーボール入れは、ネット状のものか、ナイロン生地の袋状のものが主流。建築設計事務所を経営する傍ら高松さんの製品を販売管理する息子・雅幸さんは「ネット状のものはボールが入れにくく、耐久性も高くない。袋状のものはボールのデザインを隠してしまう」と指摘する。

高松さんが作ってきたボール入れは6本の革ベルトでボールを包み込む構造で、ボールのデザインが見えるようになっていた。丈夫な本革でできており、とても耐久性に優れた作りになっていた。

ボール入れをもらった孫はとても喜び、どこに行くときでも自慢気に持ち歩いていた。雅幸さんから「せっかくの鈑金技術があるのだから、その技術を生かしてアルミを使ったボール入れを作ってみたら」と勧められたことが製品化のきっかけ。

高松さんは「そんなの簡単だよ」などと言い、数日後にはアルミを皿状にして、その周囲から革のベルトを取り付けたボール入れを作って来たという。そのボール入れが「これまで見たことの無いようなデザインで想像以上にカッコ良かったので、みんなにも見てもらいたい」と思いで雅幸さんがSNSに投稿。すると、海外のサッカー愛好家から「使いたい」「かっこいい」「どこで買えるのか」など多くの反響があった。

進化したボール入れには「ボールホルダー」という名前を付けた。ボールバック、ボールケース、ボールネットなど、いくつかの候補が挙がったが、西部劇好きという高松さんが「ガンホルダーをイメージして作ったから」と主張して決まった。

高松さんはSNSによる世界中からの反響に戸惑いながらも、ボールホルダーの改良に没頭。革を厳選し、裁断の仕方や表面の処理に改良を加え、金具などのディティールにもこだわったものを使い、試行錯誤を繰り返しながらボールホルダーは少しずつ進化していった。

当初はボールの入り口を紐で締め上げる形だったが、より使いやすくなるようにボタンで開閉して出し入れする形に変更し、フックでカバンに取り付けられるような改良を重ねていった。

改良した製品をSNSに投稿すると、海外のフリースタイルフットボールの選手たちから「使いたい」との連絡が頻繁に届くようになった。フリースタイルフットボールとは、近年人気が高まっているスポーツで、サッカーのリフティングなどの技を進化させて、魅せるパフォーマンスに昇華させたもの。

選手はフリースタイラーと呼ばれ、移動時にはボールを持ち運ぶ必要がある。「彼らに、もっとスタイリッシュにボールを持ち歩いてほしい」と考え、海外の選手にボールホルダーをモニターしてもらうことにした。

フリースタイラーはとても喜んでくれ、使っている写真をSNSに投稿してくれるように。その投稿が連鎖を生み、さらに他の選手からの問い合わせが増えるようになった。その結果、数多くの製作依頼がくるようになり、対応に困るほどに。継続的にボールホルダーを作り続けるため、少しずつ販売してみようということになった。

まず、国内ではホームページを作り、海外の方たち向けにはマーケットプレイスを利用して、手探りで販路を開拓。その際、屋号が必要になり、高松さんの名前・恵三(ケイゾウ)から「KEI―CRAFT(ケイ・クラフト)」が生まれることになった。

フリースタイルフットボールの世界大会に協賛してほしいとの依頼が届いたのは2016年頃。ボールホルダーを作り始めて1年が経ち、少しずつ売れるようになっていった頃だった。それは毎年8月にチェコで開催されているスーパーボールという大会。世界中から400人以上のフリースタイラーが集い、フリースタイルフットボールの世界一を決めている。その大会に、高松さん親子は観戦に行くことを決めた。

ボールホルダーを発売してから2年程度経っており、会場ではケイ・クラフト製のボールホルダーを使っているフリースタイラーを何人も見かけた。「自分たちが作ったボールホルダーが、日本から遠く離れた国で沢山の方が使ってくれているということを目の当たりにして、とても感動したことを覚えている」と振り返る。

その後、国内の大会やフリースタイルフットボールが盛んなオランダ、ルクセンブルク、ポーランド、ブラジルなどの大会にも協賛。フリースタイルフットボールの世界では知らない人はいないブランドになった。

「世界中の愛用者がボールホルダーを誇らしげに使っている写真を送ってくれる」と写真を見ながら、高松さんはうれしそうに表情を緩める。「6年前、たったひとつのボール入れを作っていなければ、今のこのボールホルダーは存在していない。孫のために作ったボール入れが、年月を経て、ボールホルダーになり、世界中で愛されていることを実感している」と話す。

孫の喜んだ顔が見たかっただけのおじいちゃんが作ったボールホルダーは、いつか、街ですれ違ったサッカー少年のリュックに当たり前のようにぶら下がるようになるかもしれない。そんな日を、高松さんは楽しみにしているという。

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