鈴木栄一さん、国産農産物を多彩に加工/新ブランドは「湘南ファーム」


「ブランド力を」と鈴木さん

「ブランド力を」と鈴木さん

 「私のことではなく、会社のことを書いてほしい。会社を発展させたいし、残したいというのが一番強い思いだから」鈴木栄一さん(鈴木農園社長)は開口一番こう語った。その言葉には、梅干し製造業で独自の生産、販売システムを構築し、現在も事業を拡大させつつある経営者にふさわしい熱気がこもる。ミカン農家だった生家を引き継ぎ、梅干しの加工に事業転換してから約30年。全国の生産地に製造拠点を置いて多彩な農産加工品を市場に送っている。現在、県産素材も使った商品開発に取り組んでおり、近く「湘南ファーム」ブランドで売り出す。
(編集委員・戸塚忠良/2016年7月1日号掲載)

■全量買い取り

 1957年に設立された鈴木農園(神奈川県南足柄市千津島)は当初、県内産のミカンの移出業を営んでいた。鈴木栄一さん(57)は、大学卒業後、家業に参入したが、ミカンの集荷、販売が先細りになりつつある時期で、加工も安定した注文があるとは言えず、夏は仕事が無いのが実情だった。

 そこで、付加価値のある商品ができないかと考えた鈴木さんは、全国の生産地に製造拠点を設け、それを本社に集めて出荷するビジネスモデルを構想。76年に新たな工場を建設して梅漬け事業に着手した。新たな商品のプランニングに努めると同時に、各地の農家を回って梅の買い付けに汗を流した。

 その手法は、全量買い取り。サイズがふぞろいでも構わず農家が望むだけの量を買い取り、さまざまな商品に加工する手法だ。全量を買い取ると、仕入価格を低く抑えることができ、生産農家との信頼関係が深まるプラス効果があった。

■つぶれ梅がヒット

 最初の加工品は「つぶれ梅」。それまでカリカリ梅、かつお梅という先行商品はあったが、つぶれ梅というのは初めてのネーミングだった。商品名で「低価格」をアピールしたが、品質は高いものに仕上げ、「安くておいしい商品」の評判を高めた。

 発売以来、安定した販売高を保っており、今に至るまで鈴木農園の主力商品になっている。例年の買い取り生梅の漬け込み量は年間約1300トンに上り、「農協・農家からの直接買い付け量では全国トップクラスだと思う」と鈴木さん。

 販路の多くは鈴木さん自身が開拓した。現在の出荷先は大手スーパー、生協、外食産業がそれぞれ3分の1ずつだ。

■多彩な加工品

 もちろん、つぶれ梅だけではない。2004年に和歌山県に「大地のめぐみ」、09年に岩手県に「九戸鈴木農園」という関連会社を設け、現地生産を行っている。昨年、経営破綻した長野県の丸大食品工業の工場を借り受け長野工場として稼働を開始。ことし6月に正式に取得した。

 本社とこれらの関連会社から、小田原産「曾我梅」を昔ながらの塩だけで漬け込んだ梅干し、紀州産の梅を甘くまろやかに漬け込んだ「甘塾」、青森県産のニンニクを熟成させた黒にんにくなどを製造販売しており、ことしの新製品として信州産の野沢菜や山ゴボウ、キュウリを素材にしたさまざまな味付けの漬物を市場に送り出した。

 また、「ブランド力を強める」という方針のもと、「湘南ファーム」ブランドの米、うどん、にんにくラーメン、餃子、フルーツカクテルなど多彩な新商品を開発中だ。

 すべての商品に共通するのは国産原料へのこだわりである。

 現地生産による人件費の抑制、自社運送態勢の確立による運送費の節約、公的融資制度も活用した事業資金の確保などの企業努力を重ねつつ、人材確保にも力をそそいでいる。

 「ビジョンと方向性が無い会社には魅力がない。だから、働く人も意欲を持てない」と指摘。「当社は、国産原料調達の強化と生産力のアップ、それに、従来の青果、梅の製造に加え、惣菜、ドライ、冷凍食品など新たなカテゴリーへの挑戦と創造を続けるという明確なビジョンを掲げている。それを理解し、魅力を感じてくれる人材が集まり、自分の会社だという意識を持って働いてくれている」

■韓国に進出

 売上高はほぼ横ばいを続けていたが、15年度は前年度比20%増の15億1千万円と大幅に伸びた。「当社の商品の市場での認知度が高まったのが最も大きな要因」と鈴木さん。今年度は20億円を見込んでいる。

 「長年培ってきた生産農家との信頼関係を基に、持続可能な農業を援護しつつ、企業として営利を追求してゆくのみでなく、産地の地域育成を行っていく」との企業理念を掲げる一方、日本でのビジネスの先行きを楽観視していない。

 12年に韓国に進出した背景には、「日本では安心、安全、新鮮、低価格は当たり前。市場としては成熟しきっている。その先に何があるのか…。未成熟な韓国にはまだ可能性がある」との読みがあり、「将来は日本と韓国の両方にビジネス拠点を持つ、ロッテのような企業を目指す」という。

農産物を柱にした次代のビジネスモデルの先駆けとなるかどうか、注目に値する。

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