スリーハイ/借金900万円からのスタート、数々の苦難乗り越えオンリーワン企業に


 ものづくり 男澤社長

 「産業用ヒーター」と言っても、ピンとこないかも知れない。だが、実は身近なものに使われている。電気製品や調理器や工場用設備…。数えたらキリがない。その産業用ヒーターでオンリーワンとされる中小企業が、横浜市都筑区にある。今でこそ成長軌道にあるが、就任直後の2代目社長を襲ったのが、会社存続危機だった。しばらくは自分の給料さえ捻出できない苦労もあった。数々の苦難を克服し、今では、独自の営業戦略で業績を伸ばしている。(千葉 龍太)

◇世界最小サイズ

 昨年開かれた県内最大の工業技術・製品見本市「テクニカルショウヨコハマ2012」。

 会場の視察に立ち寄った、地元・横浜市の山田正人副市長(当時)がひときわ興味を示した企業ブースがあった。

 展示されていたのは、「世界最小の産業用ヒーター」だ。1円玉より小さいサイズ。それでも160度Cまで加熱できる。

 製作したのは、都築区の中小企業「スリーハイ」。率いるのは、2代目経営者の男澤誠社長。

 1987年創業の産業用ヒーターの専業。扱っている製品は、200~300種類ある。「すべてメード・イン・ジャパンにこだわっています」と男澤社長は胸を張る。

 世間では、まだバブルの余韻が残っていた時期。大学を卒業した男澤社長は、すぐさま、有名IT(情報技術)企業に入社した。ネットワーク管理の技術者として、サラリーマン生活を謳歌していたという。

 ところが、病に倒れ、一時入院した父から入社の要請を受けた。父はスリーハイの創業者でもあった。

「いずれ継いで社長になれば、ガソリン代や飲み代だって経費で落とせるぞ」

 渋る男澤社長に対し、父の口説き文句は続いた。

 こうして2001年8月、入社を決意する。

 「正直、入社する前日まで、どんな会社なのか分かりませんでした」と男澤社長。笑いながらこう振り返る。

◇給料はゼロ

 当時のスリーハイは、産業用ヒーターこそ扱うものの、「カメラ用の小型モーター」の販売も主力としていた。

 男澤社長とっては、慣れない製造業の空気。戸惑いはあったものの、時間とともに会社に馴染んだ。そして2009年7月。いよいよ父から経営をバトンタッチすることになった。

 ところが、その直後のこと。売上高の7~8割を占めていた大口取引先の経営破たんに見舞われる。手持ちの手形は紙切れになり、900万円の借金を背負うことに。倒産の可能性もちらつく。

 足元を見れば、借金の返済と社員の給与を支払うのがやっと。せっかく社長になったのはいいが、自分の給料さえ捻出できない。手持ちのクレジットカードから最大限のお金を引き出し、何とか食いつなぐ日々は続いた。

◇HPを有効活用

 数年後年後に借金は完済したものの、男澤社長は、会社を構造改革する必要性を痛感していた。

 それは、下請け体質からの脱却―。大口取引先1社だけに依存してしまうと、同じ轍(てつ)を踏むことになる。

 「自分たちの会社の強みを考えたとき、何が残るのか。結論としてヒーターしかなかった」

 小型モーターの販売からは撤退し、ヒーターのみに的を絞った。「取引先の数を増やすこともリスク分散につながる」とも。製品も、わずか20種類から用途別に合わせ、増やし、数百種類にしていった。

 とはいえ、営業力の乏しい中小企業が「モノを売る」ことは容易ではない。男澤社長がまず着手したのは、会社のホームページ(HP)。といっても、ただのHPではない。

 意識したのは「生産者の顔」という。同社のページではスタッフ一人ひとりの顔が載っている。 

 「スーパーでは野菜の生産者の顔が出ているが、製造業ではほとんどない。スタッフの顔を出すことで、初めての方でも安心して購入できるようにしたかった」

 同社に寄せられた問い合わせの件数、在庫点数までもHP上であえて公開している。すべては顧客との信頼関係を築くためだ。

 毎月、HPにかける費用は20万以上。それでも「営業マンを一人雇うのと同じ費用なんです。HPは土日も閲覧できる分、非常に有効な営業方法ですから」と説く。

 さらに、製造業では珍しく問い合わせの電話番号もフリーダイヤルにしている。現在、月平均で200件の問い合わせがある。顧客数も同40社ペースで増やしている。

◇ブランド戦略

 こうして、次々と改革を進めた男澤社長就任直後に襲った危機が、まるで?かのように、収益性も伸びるようになった。 

そして現在、男澤社長が重視しているのがブランディング戦略だ。

 数年前に開発した自社製品にも、あえて社名をつけなかった。「monoone(モノワン)」と名づけ、カタログにもブランドと販売代理店が記載されているだけにした。

 社名をあえて伏せたことについて、「関係する会社すべての共通ブランドとして、愛着を持ってほしいから」と明かす。自前の営業力に限りがある以上、販売を代行してくれる代理店の存在は大きい。メーカーと代理店が良好な関係を築き、一丸となって製品を普及させる狙いがある。

 取材中、男澤社長は「経営者は楽しい」と、笑顔を見せながら何度も口にした。数々の苦労を感じさせない、明るい人柄も、会社を動かす原動力にもなっている。

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