地層科学研究所、“技術者魂”で自然と戦う/工学技術で命を守りたい


「研究で命を守りたい」と語る里社長

「研究で命を守りたい」と語る里社長


 工学技術で人の命を守りたい。大和市上和田に地下の自然現象を予測するベンチャー企業がある。その名は「地層科学研究所」。代表を務める里優社長(58)は、元大手ゼネコンのエリート研究者。それがある事件をきっかけに、独立への決心が揺るぎないものに変わった。将来が約束されている訳ではない。明日の仕事も分からない―。そんなリスクを抱えながらも、里社長はたった一人で船出した。それからの困難を乗り切る糧になったのは、技術者として「自分の研究で人々の命を守る」という思い。経営に奔走する今でも〝技術者魂″を持ち続けている。(船木 正尋、2013年11月20日号掲載)

■研究の原点

 地層科学研究所が手掛けるのは「地質コンサルタント」。トンネルやダムなどの建設工事で、地下を掘削する際、「どんな現象、危険が起こるのか」を特殊なソフトを使って予測する。いわば、工事の前の危険を防ぐ仕事だ。このほか、地質データの数値解析ソフトの開発、販売もしている。
 そんな同社を率いる里社長は石川・輪島市の出身。大自然に囲まれ、自由奔放な少年時代を送った。父が音楽教師だったということもあり、高校時代はブラスバンド部で練習に没頭した。廃部寸前だった部を、里社長が仲間を集めて復活させたこともあった。
 数学や物理が好きで、成績も常に上位だった。北海道大学・工学部へ進学。修士課程まで進み鉱山学を学んだ。
 「少年時代から北海道に対する憧れがありまして…」と里社長。大学進学を機に故郷を離れた。大学の実習では、当時建設中だった青函トンネルの掘削作業を見学した。「誰も見たことのない地底の世界に感動しました。これが今の仕事を始めた原点です」と里社長は振り返る。
 こうした経験から〝地底の世界〟に魅了された里社長。
 修士時代は、頻繁に夕張炭鉱に足を運び、トンネルの大きさを計測したりして、縮みの秘密を探った。その時に、現在の
「数値シミュレーション」の原型ができあがっていたという。「当時は研究が楽しくてしかたなかったです。2日ぐらいなら徹夜も平気でした」。

■大きな転機

 里社長が学生から社会人になろうとしていた1980年代の前半。日本経済は冷え切っていた。第2次オイルショックで世界経済は大混乱。就職難の時代でもあった。それでも、自身の研究が認められ、担当教授から大手ゼネコンへの就職先を紹介された。迷わず決めた。
 ところが、である。その年、里社長にとって大きな事件が起こる。学生時代から通っていた夕張炭鉱で、ガス爆発事故が起こった。里社長は心境を明かす。「本当にショックでした。お世話になった人たちがたくさん亡くなりました。同時に、自分の研究で、人々の命を守りたいと決意しました」里社長はその決意を胸に入社。
 技術者として多くのプロジェクトに参加した。地下発電所、超伝導磁石を使った超伝導電力貯蔵の開発…。北は北海道、南は九州まで、さまざまな開発現場に足を運んだ。

■独立を決意

 多忙な生活を送っていた1990年代後半。バブル崩壊が起こる。日本経済は冷え込み、大手証券会社も倒産する厳しい時代に入った。当然、大手ゼネコンの仕事も減り、会社は厳しい経営状態に陥った。研究の仕事もなくなり、事務作業が増えた。気付けば、力を発揮する場がなくなっていった。
 このままでよいのか―。技術者として、不安と苛立ちを感じていた。しばらくして里社長は一念発起することに。独立の道を選んだのだ。
 「これからは(研究開発も)アウトソーシングする時代がやってくる。行く末は心配でしたが、当時はやるしかないという気持ちだけで独立しました」と里社長。
 サラリーマンでいるよりも、自己実現する道を優先させた。これまで培ってきた技術者としての人脈、研究成果。勝算はあったという。

■逆風のなか

 会社設立当初は、里社長一人だった。大和市内の7坪の小さな事務所には、電話とプリンター、研究機材のみ。 
 ゼネコン時代の顧客先や学会のつながりで、仕事は徐々に増えていった。とはいえ、サラリーマン時代とは異なる。研究費は自ら負担しなければならない。独立直後の自信とは裏腹に、資金が底をついた。数年後、一転して窮地に立たされた。融資をしてもらおうと駆け込んだ大手銀行には、「実績がない」と一蹴された。高金利の金融機関にも駆け込み、融資を頼んだりもした。
 それでも、苦しみに耐え、乗り越えてきた。支えたのは、「夕張炭鉱事故」で誓った決意だった。里社長は強調する。「私が研究してるい工学技術で、人の命を守るため。夕張炭鉱の悪夢は二度と起こさない」と。
 そして現在―。里社長の会社は、従業員40人になり、事業所も3カ所を持つまでになった。決意を貫いて、初志貫徹したからこそ今がある。「相手は自然」と語る里社長。何が起こるかわからない想定外の自然現象と戦い続ける。経営者として、そして技術者として、里社長の挑戦に終わりはない。

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