協栄ダイカスト、経営一審、大幅な事業シフトを経て62年。今を生きるものづくり/自動車用部品などのダイカスト鋳造


先を憂えつつも現在に全力を注ぐ佐藤社長

先を憂えつつも現在に全力を注ぐ佐藤社長


 こんな世でも、製造業の経営者が話す言葉の節々に、「ものづくりの国ニッポン再生の一翼を担っている」との矜持を垣間見ることは少なくない。しかし…。
 「20年後の日本が今のような体をなしているか、はなはだ疑問に思う」

 自動車用部品等の製造を手掛ける⑭協栄ダイカスト(相模原市緑区橋本台3-5-12)の佐藤輝雄社長は、まさにその一翼を担いながらも、この国の将来には悲観的だ。

 同社の創業は1951年。基幹事業は一貫してダイカスト鋳造だが、経営面では大きな曲折を経て現在に至る。

 かつて佐藤社長の本業は、相模大野で写真スタジオを営むカメラマン。後に副業として特殊印刷に手を広げ橋本台に工場を開いたことが、思わぬ転機につながった。ある日、宴後の車中で同社の旧役員から買収の提案を持ちかけられた。88年のことである。

 買収話が出るからには、経営状態が芳しいはずはない。が、間もなく応諾した。

 「銀行から敷地の一部売却を求められるなど厳しい状況にあったが、徹底的に手を入れれば再建できる自信があった」と同社長は振り返る。

 経営組織、社員、設備など、大幅なリストラを断行し、わずか3年で立て直した。景気自体は悪くなかったから、リストラと並行しての熱心な営業に、当時主要取引先だった⑭東芝の柳町工場(川崎市)も積極的な発注で応えてくれた。

 積算電流計、郵便区分機、ATM、自動改札機等に使われる各種部品を量産。これと併せ、従来内製していた金型の製作を外注化するなど、さらに事業の効率化を図った。

 10年ほど前から国内の電気・電子機器メーカーの国際競争力が急速に失われ始め、東芝からの受注減に歯止めがかからなくなった。そこで同社では、国内メーカーの国際的競争力もまだ十分あり、使われるダイカスト部品の点数も多い自動車関連に事業をシフトすべく営業を展開。2006年にはそのための工場を新設、大型機械を導入した。

 オイルクーラー、ハイブリッドエンジン用ヒートシンクなど、現在、同社が年間を通して手掛ける約300点の部品のうち、およそ8割が自動車関連。かつて大半を占めた東芝の受注比率は5%ほどまで縮小した。

 「外装部品が主体だった電気関連と比べ、自動車関連はエンジン周りなど内部主体なので精度が求められる分、手間がかかる」と佐藤社長が話すように、精度重視の部品に関しては、国内の製造業者にまだ一日の長がある。とはいえ、それがいつまで続くかは定かではない。

 本業だった写真は現在、「孫のスナップを撮るぐらいで趣味にもなっていない」と話す佐藤社長だが、同社応接室の隅には、蛇腹構造のレンズを備えた往年の国産大判カメラが飾られている。この国の将来に手厳しい言葉は、自らを含めたものづくりに携わる者への檄なのかもしれない。(2013年9月20日号掲載)

…続きはご購読の上、紙面でどうぞ。