アムコテクノロジー、87歳のベンチャー経営者/今も開発の最前線に


今なお開発現場に立つ吉田社長

今なお開発現場に立つ吉田社長


 相模原市緑区にある環境ベンチャー企業、アムコテクノロジーの吉田多加志社長は、75歳のときに同社を創業した。前職は不動産会社の経営者。会社を安定させた後、長男に譲った。裕福な老後を過ごすだけの蓄えは十分にあった。同世代の多くが老後の生活を満喫しているなかで、あえて困起業の道を再び選択した。吉田社長は現在87歳。今も自宅から1時間以上かけ、電車通勤する。そんな吉田社長を支えているのは「やるからには一番になりたい」という気持ち。おそらく、地域でも最年長といえる起業家は、今なお夢を抱き続けている。(千葉 龍太)

■55歳で脱サラ

 緑区にあるインキュベーション施設、さがみはら産業創造センター。吉田社長率いるアムコテクノロジーの本社は、ここにある。
 住宅用塗料や接着剤に含まれる有害物質「ホルムアルデヒド」の除去剤の製造販売を手掛ける。製品名は「ホムトール」。
 社員数4人のベンチャー企業だが、製品の信頼性は厚い。
 国内の大手塗料メーカーのほとんどが、アムコテクノロジーの製品を採用。今では除去剤を年間4万㌧ほど出荷するまでになった。
 吉田社長は岩手出身。学生時代は、秋田鉱業専門学校(現・秋田大学)で学んだ。それから都内に本社がある大手金属メーカーに入社。生産管理部門などに在籍し、平凡な生活を送っていた。
 ただ、サラリーマン生活を長く続ける。吉田社長は振り返る。
 「課長になっても部長になっても、この先もらえる給料は、たかが知れていました。父親として家族に大きな財産を残したいと思いました」
 55歳を過ぎたとき一大決心する。大手企業を退職し、まったく縁のなかった不動産業界に転身。横浜市港北区に不動産会社「吉田宅建」を設立した。
 転身の理由は簡単だ。「不動産だと扱う物件によっては、大きな儲けになります。土地などの財産も残せます」。
 景気が良かった時代。経営者として奔走した。結局、その後のバブル崩壊の影響を受けることなく堅実経営を続けた。

■シックハウス

 ところが90年代後半に入り、転機が訪れる。
 きっかけは、吉田社長が売った横浜市内の住宅。しばらくして、そこに住んでいる親子から苦情を受けた。
 「この建物のシックハウス対策は、本当に大丈夫なのか」
 初めて耳にする言葉だった。「シックハウス症候群」とは、新築の住居などで起こる、めまいや頭痛などの症状が現われる体調不良。原因物質の一つとされるのが、建築塗料や溶剤成分などに含まれるホルムアルデヒドだ。
 まもなく建築物のシックハウスが社会問題化することに。
 吉田社長は対応を急いだ。98年から神奈川産業技術総合研究所(現・神奈川県産業技術センター)と共同研究に着手。
 3年後、塗料などに添加するだけでホルムアルデヒドを無害化できる除去剤の開発にこぎつけた。
 同時にホルムアルデヒド除去剤を普及させたい、という「新たな夢」も生まれた。すでに70歳を過ぎていた。01年、自ら設立した吉田宅建を長男に譲り、新会社設立の準備を進めた。

■地道に足運ぶ

 こうしてアムコテクノロジーを設立。塗料メーカーなどを対象に、自ら外回り営業を続けた。
 とはいえ、名もないベンチャー企業の製品を、大手企業がすぐに採用するとは限らない。
 実際、相模原から都内、ときには関西まで、1年以上にわたり足を運んだ。
 「苦労したとは思っていません。とにかく、相手に(製品を)知ってもらいたい一心でした」
 やがての地道な営業が実を結んだ。業界最大手の塗料メーカーの採用が決まった。以来、立て続けに他メーカーも導入することになった。 

■気概こそ大切

 吉田社長は、今も白衣を着て研究に打ち込む。「自分にはまだまだ欲があります。現在、新製品の開発を進めています」と手を緩めない。
 繰り返しになるが、現在87歳である。
 周囲を見渡すと、社内は随分と若返りが進んだ。社員の平均年齢は20代後半。吉田社長は「おじいさん」のような存在だ。
 会社設立以来、横浜・綱島の自宅から1時間以上をかけて、橋本の会社まで通勤している。
 「さすがにこの年齢であさの満員電車は辛いです」と苦笑いする吉田社長だが、ほぼ毎日、通勤している。外回り営業をすることもある。
 「何をやるにしても、挑戦する気持ちを失ってしまったら、前に進まない。会社がどんなに小さくとも、『日本一になってやろう』という気概がないとだめですよ」ときっぱり。
 製品開発への「希望」、会社を大きくしたいという「野望」、そして「夢」…。これらが吉田社長を動かしている糧になっているようだ。
 そして、その生き様は、「起業家に『引退』はない」ということを、示しているようだった。吉田社長は前に進み続けている。(2013年9月1日号掲載)

…続きはご購読の上、紙面でどうぞ。