オプトロン/自らの可能性に賭ける


主力製品を手にする森田社長

主力製品を手にする森田社長


 2002年4月。相模原市内のベンチャー企業が開発した新製品が、大手経済新聞の1面トップを飾った。守備範囲にわずか2センチの変化や異常があった場合、すかさず探知する特殊センサーだ。安全・安心につながるとして注目を集めた。開発したのは、中央区鹿沼台の「オプトロン」。創業者の1人、森田幸三郎社長は、かつて大手企業の開発部長を務めていた。役員への道が約束されていても、会社を飛び出し、自らの可能性に賭けた。技術者として現場に立ち続ける―。思いは強く、自己実現の道を選んだ。   
    (千葉 龍太)

 ■センサー技術

 中央区鹿沼台にあるオプトロンの本社は、ビルの5階にあった。ここで製品を開発し、組み立てて出荷している。
業務内容は、「レゾナントスキャナー」の製造販売。
 レゾナントスキャナーとは、森田社長の言葉を借りれば「モーターの付いていないスキャナー」。
 モーターは稼働の寿命が限られている。レゾナントでは、代わりに「機械共振」を利用するので〝半永久的〟に使えるという。
難しそうに聞こえるが、こうした同社の技術は、実は身近な場所で使われている。
 代表的なのは,地下鉄のホーム柵と電車の間に残された人を検知する安全センサー。最小でわずか2センチの異常も検知するというから驚きだ。珍しい場所では、線路の積雪量を計測する「積雪深計」などにも、同社技術が活躍している。
 だが、今でこそ「オンリーワン企業」といえるまでになった同社だが、ここまでの道のりは、順風満帆ではなかった。

 ■技術者として

 森田社長は63歳。東京都出身。子どものころから、ラジオを自作したり、アマチュア無線に挑戦してみたりと、モノづくりへの関心は人一倍強かった。大学では電子工学を学んだ。
 卒業後は、技術者として、念願の開発現場に立つものの、実は、これまで5回の転職を経験しているという。
 どの会社でも、いかんなく能力を発揮し、経験も積めば、おのずと出世して役職に就く。森田社長も、そんなサラリーマン人生を歩んできた。前職は大手センサーメーカーの開発部長だった。順調に出世コースを歩み、役員になる話も持ちあがっていた。
とはいえ、「開発部長」という管理職は、合わなかったという。
 「第一線で活躍したい。自分で図面を書いていたい思いが常にありました。管理職だと、それができない。悶々(もんもん)とした思いがありましたね」。
 そんな森田社長と同じジレンマ抱いていたのは、専務を務めていた渡邊慧氏。やはり、経営者よりも技術者としての生き方を求めていた。
 やがて意気投合した2人は、スピンアウトを決めた。森田社長46歳のときだった。
 こうして95年、オプトロンは産声を上げた。当時は渡邊氏が社長、森田社長は常務だった。工面した資本金は1800万円。たった4人でのスタートだった。
 独立にあたり、2人は絶対に守るべき〝ルール〟を決めていた。
絶対に他人(他社)のマネをしない。前の会社での顧客を引き継がない、ということだ。
 通常、スピンアウトの場合、以前勤めていた顧客や技術を引き継ぐケースが少なくない。それでは新会社の独自性がなくなってしまう。2人は、あえて厳しい条件を課した。「まるっきりゼロからのスタートでした」。

 ■資金が底つく

 目を付けたのは、レゾナントスキャナーの技術だった。
 しかし、そもそも技術開発しても、用途開発や製品化が進むまでには時間を要する。案の定、4年後に資金が底をついた。「結局、2人とも技術者あがりで経営者ではなかった。無謀でしたね」。
 なんとか資金集めに奔走している最中、同社のセンサー技術を求めていた大手素材メーカーが、出資することになった。 
 ただ、畑違いの両者。しょせんは〝水と油〟だった。
 開発の方向性や製品化するまでのスピード…。意見はかみ合わなかった。出資した当初は「すぐに儲かる」と読んでいた大手素材メーカーも、思惑が外れ、待ちきれなくなった。03年、資本の引き上げが決まり、森田社長らは株を買い戻した。
 しかしながら、開発の最前線に立っている森田社長らは、自社の製品のニーズが確実に出てくると読んでいた。

 ■大手から受注

 資本関係を解消してまもなく、得意のセンサー技術を使った精密ゴムローラー検査装置を製品化。複写機などに使用するゴム部品を検査する装置として、大手企業からの大量受注が決まった。
 翌年には、地下鉄のホーム柵向けの安全センサーも軌道に乗り始めた。04年には累積赤字も解消。成長路線を歩み始め、躍進が始まった。
 08年には渡邊氏から経営のバトンを引き継いだ森田社長。今の目標は安定した経営基盤を、さらに強固にすること。
 渡邊氏も、森田社長も、かつての会社に残っていれば、安定した人生が期待できたのかもしれない。独立で大きなリスクも背負い、波乱万丈を強いられることもなかった。もし2人の立場だったら、「大手企業に残る」と選択する人が多数派なのでは、とも思う。
 それでも、先行き不透明な時代。大手企業に就職したからといって、その後の人生が安泰という訳でもない。 
 大手企業の看板に頼らず、キャリアにも頼らず、ゼロから始めた森田社長。
 そこまでしてでも、その後の人生を、自らの可能性を賭けたのだ。後を続く高い志を持った若者たちが出てくることを願いたい。

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