松下和雄さん、五輪の迫力伝えるマイクロホン開発/オーディオテクニカの2代目社長


「お客さまに最高の満足を」と松下氏

「お客さまに最高の満足を」と松下氏

 ヘッドホン、マイクロホンの開発・製造で世界のトップランドを目指し、たゆみない前進を続けているオーディオテクニカ(町田市西成瀬)の本社新社屋が今年1月に竣工した。外観、内装とも透明感あふれる明るい建物の中には創業以来の同社の記憶と現在の鼓動、そして未来に向けたチャレンジのエネルギーが詰まっている。創業者の松下秀雄氏はカートリッジ開発を第一歩として世界へマーケットを広げた。1993年にその後を継いだ子息の和雄氏(67)は現在、町田・相模原経済同友会の代表幹事を務め、経済人による地域振興の取り組みにも寄与している。
(編集委員・戸塚忠良/2016年5月1日号掲載)

■松下秀雄氏が創業

 創業者の松下秀雄氏(2013年没)は福井県の出身。クラシック音楽のレコード鑑賞が大好きで、ブリジストン美術館に勤めていた1950年代、オーナーの石橋幹一郎氏のアドバイスを受けてサラリーマンを対象にした館内レコードコンサートを開いた。

 LP1枚3000円と高価なレコードを聴けるとあって好評を博し、大勢の参加者を集めた。オーディオ関係の技術者らが自分の試作品や新製品を持ち込むことも多く、人脈を広げる場にもなった。

 1962年、松下氏は独立してオーディオテクニカを創業。カートリッジの製造・販売に着手した。社長以外の従業員は3人だった。65年には社屋を新宿から町田市成瀬に移した。取得価格は一坪2000円だったという。

 その後、会社発展の原点となる画期的な製品、VM型ステレオカートリッジの初期モデルを開発し、精密板金を駆使した量産技術も確立。次世代カートリッジとして市場に投入されたAT―VM3は性能の卓越性が高く評価されてベストセラーになった。

■マイクとヘッドホン

 父と同じ福井県に生まれ日大卒業後日本ビクターに勤務していた松下和雄氏が入社したのは74年。しかし、秀雄氏から経営者としての英才教育を受けた訳ではなかった。

 「父は非常に無口で、経営についての話も聞いた覚えがほとんどありません。ただ、家には経営学の本が山積みになっていましたから、学生時代からそれを読んだのが経営の勉強になっていたのかも知れませんね」と振り返る。

 会社は70年代にヘッドホン、マイクロホンの商品化に成功。80年代には音楽業務用のスリムで高性能なマイクロホンを開発し、世界中に普及したことにより、オーディオテクニカの社名は一気に高まった。

 また、音楽をアウトドアでも楽しむ時代に入ったことを背景に、培った技術を結晶させたヘッドホンを開発して新たな社会的需要に応える態勢を整えた。

 「すしメーカー」というロボットを商品化したのもこの時期で、今に至るまで食品分野が事業の一環となっている。

■収音の歴史一新

 オーディオテクニカが世界のスポーツ放送の歴史を完全に塗り替える収音を実現したのは、96年のアトランタオリンピックのときだった。

 「さまざまな競技会場に極めて小型の当社製のマイクロホンを設置する提案が採用されました。選手が地面を蹴って駆け抜ける音、飛び散る水しぶき、さらには選手の息づかいさえも伝えられたのです」

 1500本以上のマイクロホンが世界中の人々にスポーツの持つ迫力を生々しく伝えたのである。

 音楽分野で技術力とその信頼性の高さを証明するのは、世界最高の音楽賞であるグラミー賞授賞式の実況放送。98年からずっと楽器用、スピーチ用などのマイクロホンを提供している。日本国内でもロックの祭典サマーソニックに数百本のマイクロホンを提供している。

 ヘッドホンは09年から連続6年間、販売数国内ナンバー1という輝かしい実績を残している。

 現在、グループ企業として、オーディオテクニカフクイ(福井県)があり、米国、中国、台湾、東南アジアへの販売会社を設けており、国内では全国を網羅する営業所などを置いてサービス拠点にしている。

■新社屋で次代へ

 世界が認める優れた製品を産み出す企業風土を二代目社長は、「創業以来の『何でもやってみる、やり始めたら技術革新を重ねながらやり続ける』という精神が原点にあると思います」と語る。

 社は経営理念に盛り込んでいる「社会貢献」の一環として理工系学生対象の奨学金制度を設け、東京フィルハーモニーなどへの支援も継続している。

 松下氏自身も地域振興と自己研さんに向けた経済人の交流グループ、町田・相模原経済同友会の代表幹事を務めている。「組織の充実に努め、町田、相模原発展のために経済人の力を合わせていきたい」と力をこめる。」

 1月に竣工した本社社屋は敷地の勾配にも配慮した独特の構造。社屋内には創業者が収集した貴重な蓄音機、ピカソやユトリロなどの作品を展示。明るい陽光を採り入れたオフィスで社員が開発、設計などに取り組んでいる。

 「次の時代が求める製品をここから創り出していきます」と穏やかな口調で話す松下氏の表情には、蓄積した技術力と人材への確かな自信が溢れる。

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