小田島やすえさん、相模原の女性史に新たな1頁/『昔の女の子 今、七十七歳』


喜寿の小田島さん

喜寿の小田島さん

 貧困や挫折に負けず常に前向きに生きて来た女性が自らの半生をつづった『昔の女の子 今、七十七歳』(文芸社)がこのほど発刊され、全国110の書店で販売されている。著者は相模原市南区若松に住む小田島やすえさん。「いつでも自分が今何をしなければならないかを考えて来ました。77歳の自分にできるのは自分の歴史を書き残しておくことと思い、手元に残っている資料を総ざらいして書き上げました」という。激動する戦後をたくましく生き抜いた記録は、同世代の多くの女性の人生と重なり、市の女性史に新たな一頁を加える貴重な回想記になっている。(編集委員・戸塚忠良/2015年10月20日号掲載)



■少女時代

 小田島さんは1939年1月、広島県の山村に生まれた。4歳のとき父親が出征し、終戦後は工事現場で働いて疲れ切った体を縁側で休めてから夕食の支度をする母親の姿に「可哀想なお母ちゃん」と思いつつ家事を手伝う日々を過ごした。

 だが、学校では女子相撲で相手を投げ飛ばすなど勝気な性格を思い切り発揮した。そのおかげで当時の横綱にちなんだ「照国」というあだ名がつけられたことに心を痛めた辛い思い出もある。

 満州に抑留されていた父親が帰還してからは両親と兄、2人の妹と平和に暮らすが、「満州に連行されて過酷な労働を余儀なくされ、その頃の生活は語れるものではない」と漏らした父親の言葉は、戦争が人の心にどれほど深い傷跡を残すかを印象づける。

 中学生活の最後、高校進学を考えるようになったとき、思春期の少女は自分自身で「働きながら定時制高校に通う」と進路を決める。貧しいわが家の負担を心配した末の進路選択だった。

■夢みる頃

 昼間働きなが夜学で学ぶ学園生活の支えになったのは弁論活動だった。弁論部を立ち上げ、率先して活動。4年生のときには部活仲間がNHKの青年の主張コンクール全国大会で見事一位を獲得したが、その原稿が一度はゴミ箱に捨てられたという裏話は青春ドラマのプロットさながらの楽しさをかもしている。

 卒業後、大学進学を夢みて上京。先輩の力添えで旅館の住み込みとして働き、独学で勉強した。「青年の主張」に応募し、東京大会で3位に入賞した思い出もあり、「50年以上たった今も、賞状と盾は青春の思い出として大切に保存しています」という。
 
■大学生活

 1年後、明治大学二部政経学部を受験して、合格。新入生のうち女性は一人だけだった。ここから青春を謳歌する生活が始まる。学部委員会の委員を引き受けるが、ちょうど安保反対の学生運動に火がついた社会状況だった。

 数少ない女子学生にまじって安保反対のジグザグ行進の列にも数回加わった。そして、学生たちが国会議事堂に突入した日、警官たちとの激突の瞬間と悲惨な現場を見つめた小田島さんは、この日を限りにデモ参加から身を引いた。

 挫折感は深かったが、校内弁論大会に向けて「女性の地位向上を願って」と題する原稿を書くうちに勇気が湧いて、「自分の歩いている道は急な坂道だけど、この坂道を歩きながら考えよう」と決意を新たにする。友達との楽しい付き合いもあって、希望に満ちた日々を取り戻した頃、会社員の小田島温善さんとの結婚話が持ち上がった。

 それまでの四畳半の部屋に友達2人と同居という貧乏生活から抜け出す希望を抱いてスタートした結婚生活。初めて生活のゆとりを感じ、夫と「頑張ろうね」と手を握り合ってからそれぞれの勤めにでかける日々が始まった。夫の理解もあって夜学通いも続けたが、子供ができたため、卒業しないまま大学生活に別れを告げた。

■相模原での生活

 62年11月、新聞の折り込みチラシで知った市内若松の建売住宅に入居した。数百軒はあろうかという特大の分譲地だった。
二人の男の子にも恵まれ、ごく平凡な主婦として暮らしていた小田島さんは美容師になるための通信教育にチャレンジし、34歳で資格を取得。自宅で「ビューティー・オダ」を開業したのに続いて2号店、3号店を相次ぎオープン。美容師としてよりも経営者としての手腕をふるった。

 幼稚園や学校のPTA役員としても活躍するうち、周囲の人たちから「市会議員になってほしい」という声が高まり、市議選に立候補したが、同じ自治会から別の立候補者が出たこともあって結果は落選。全身が震えるほどの挫折感を味わった。それでも前へ進む気持ちは衰えない。美容院は譲渡したが、55歳のときに整体院を開業。地元のタウン紙の協力を得て評判を高めた。

 著書の最終章は子や孫たちが集う誕生会の話、病没した夫の葬儀の様子などを記し、温善さんの温かい人柄をしのぶ看護師の手紙も収録した。結びでは「モッタイナイ精神と、ケチ手法に、ニヤニヤ笑いを含め楽しんでいます」と直近の暮らしぶりを描いている。

 全編にわたり豊かな情感があふれ、その時々の哀歓を飾り気なく伝描き出している。再会する機会に恵まれた友達との後日談も記され、激動の時代を生きて来た一人の女性の自立心に満ちた足跡を伝える好著となっている。
四六判、上製。116頁。本体1100円(税込み)。

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